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中国で参加した冠婚葬祭

投稿日:1月 7, 2018 更新日:

上海の工場に駐在して3年半の間に冠婚葬祭が何度かありました。と言っても工場に勤務する全社員1500人の平均年齢が22歳前後でしたから「葬」はありませんでした。

出産のお披露目宴でみた古い農家

駐在して1カ月ほどで従業員の出産した子のお披露目パーティーに招待されました。総務課の陸さんなのですが、私が赴任す前から産休を取って休んでいましたので面識がありませんでした。個人的に招待されたというより、職場の中国人と日本人に対しての招待でしたので、特段出席しなくとも例を逸することではなかったのですが、中国の民間での冠婚葬祭がどのような形で行われるのか関心がありましたので、他の日本人と一緒に出席することにしました。

休日に日本人と中国人合わせて10人くらいで、車2台で上海市嘉定区の市街を出発しました、30分ほど田舎道を走って着いたのは小さな集落で中央を細い川が流れています。多分典型的な農村集落なのでしょうが、同じような2階建ての一戸建ての家屋が点在していました。その1軒が彼女の実家らしく、玄関前の狭い庭に親戚や近所の人と思われる人々が20人ほど集まって、煮物料理や蒸し饅頭を作りながら談笑していました。

特に改まった口上がある訳ではなく、あちこち数人づつぐらいに分かれて皿に盛られた料理を食べながらめいめいに立ち話をしています。その中に子供を抱いた陸さんがいました。私は陸さんと初対面なので名を告げて挨拶し、おめでとうを言いながら祝儀袋を渡しました。事前に日本人の同僚に聞いていたとおり現金を入れた日本と同じような祝儀袋を用意していました。そのうち、家の中に呼ばれ陸さんを交えた親戚の人とテーブルを囲んで料理をいただきながら、通訳をしてもらいながら中国での庶民の暮らしや風習について話を聞くことができました。
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その部屋は6畳ほど広さで、床は踏み固められた土のままでもちろん土足のまま入ります。木製のテーブルと長椅子があるほかにベッドが一つあるだけで家具らしい家具のない質素な部屋でした。中国のごく一般的な農村の家に初めて入ったことになりますが、これが最初で最後の機会になりました。

職場の結婚披露宴は近くのレストランで

次の冠婚葬祭は製造部係長の楊さんの結婚披露宴でした。市販の赤い色の見開きの招待状を本人が席を回って直接渡すのでした。招待状には本人と結婚相手の名前が並んで書いてある横に披露宴のおこなわれる場所と時間が書いてありましたが、平日の仕事が終わってからの開催になっていました。私は礼服を日本から持ってきていませんでしたので、どうしたものか同僚に相談したところ、普段着のままでいいとのことでした。私はスーパーで市販のご祝儀袋を購入し300元ほどを入れて懐に収め、そのころ近くのスーパーで購入したジャンパーを纏(まと)い、会社の車に乗り合いで会場に向かいました。会場は広めではありますがどう見ても従業員が普段使っているような普通のレストランでした。4,5人掛けの丸がテーブルが30個ほど並んでいて、既に到着して座っている人も多くいましたが、特段席が決まっているわけでもなく日本人は一つにテーブルに固まって座ることにしました。やがて満席になり、新郎新婦が現れましたが、既にお酒を飲んでいる人も少なからずいます。新郎の楊さんの友人らしい従業員が簡単に乾杯の挨拶をして会が始まりました。レストランには披露宴とは全く関係ない一般の食事客が何テーブルかいて、勝手に談笑しながら食事をしていました。そのうちその間を縫うように新郎新婦の二人は各テーブルを回り始めました。

ご祝儀は直接本人に手渡し

やがて、二人が日本人の席にもやってきました。作業服姿かジャンパー姿しか見たことのなかった新郎はスーツにネクタイを締めてなかなか凛々しく見えました。新婦はチャイニーズドレスを着てはにかんだ様な愛くるしい笑顔を浮かべています新郎に寄り添っています。日本人たちはそれぞれがご祝儀を新郎に手渡し「おめでとう」と日本語で言っていましたが、私は「恭喜gongxi 恭喜gongxi」と予め中国の人に教えてもらっていた、祝福する際の中国語をここぞとばかりに使いました。彼らはともに地方出身者なので、これから故郷に戻って親戚による結婚式を挙げるのだと言います。宴会はスピーチなど一切なく、普通の飲み会のような雰囲気で1時間半ほどでなんとなく開きになり、各自ぞろぞろと帰りました。

このあとで見知っている従業員の結婚披露宴に4回ほど招待されましたが、どれも同じような感じで、或る時などは私が住むマンションのある小区のレストランで行われたこともあります。何度か食事に来たことがあるところなので、いくら飲んでも帰りを心配しないで済むのが助かりました。

日本式結婚披露宴もある

これらの披露宴は、いずれも工場のある嘉定区で行われましたが、一度上海市街の中規模なホテルでの披露宴に招待されたことがありました。通関課の唐さんという女性からの招待でしたが、無口な人で日本語が全く話せませんでしたのでこれまで会話をしたことはありませんでした。彼女は地元の上海人で大学も卒業しており、実家もある程度裕福だと聞いていました。今回は休日の日中におこなわれ、これまでの普段着の仲間内の披露宴と違って、親戚も集まるということと、乾杯の音頭も頼まれましたので改まってスーツを着ていくことにしました。

日本であれば受付があってそこで祝儀を渡して記帳するのですが、受付などはなく新郎新婦が会場の入り口で出迎えてくれます。そこで「恭喜 恭喜」と言って新婦に直接祝儀袋を渡すのですが、新郎は白いウェディングドレスを着た姿でニッコリして受け取ります。日本ではご祝儀の現金を直接本人に手渡すことなぞ考えられませんが、中国ではそれが一般的なのです。

さて、私の中国語での乾杯の音頭で披露宴は始まりましたが、日本の結婚披露宴とあまり変わらないので却(かえ)って驚きました。手慣れたプロの司会者が式を進行させ、めぼしい列席者からのスピーチや、途中で賞品が当たるゲームなども盛り込み、なかなか嗜好を凝らした演出に感心しました。列席している親戚の方たちも普段着の人も多いですが男性の半分ぐらいはスーツを着ていました。ご両親が席までご挨拶に来られて少しの時間ですが立ち話をしたりしてるうちに、何か日本の結婚披露宴に出ているような錯覚に襲われました。どうも日本のお金のかかる冠婚葬祭を模倣した披露宴スタイルを産業界がリードして中国でも流行させようとしているようにしていると思えてなりませんでした。

すれ違っても素知らぬ顔の新婦

披露宴に列席した翌日の月曜日に彼女は出勤していました。理由は分かりませんが新婚旅行には1週間後に出かけるとのことらしく、それまでは出勤して仕事をするとのことでした。彼女は通常に出勤して全く普段通りにいつもの仕事にとりかかっていました。廊下ですれ違ってもいつも通り無言で会釈もしないで通り過ぎていきます。特に私にだけ挨拶しないということではなく周りの中国人に対してもそうであり、周りの中国人も特に気にしていない様子です。日本であれば列席してくれた人たち一人一人にお礼を述べて回るのが通常ですし、ましてや乾杯の音頭を頼んだ私にすれ違っても挨拶しないことなど想像もできませんが、その後もついぞ一度も彼女から声を掛けられたことはありませんでした。

そういえば、中国に駐在中はよく中国人スタッフにごちそうをしましたが、後日お礼を言われたことは一度もありませんでした。日本では宴会があっても自分の会費を払うだけで人にごちそうするなどということはしたくともできませんが、駐在地では自分で使い切ることのできる現地手当があるためスタッフたちにごちそうすることができます。それも一度に7,8人ぐらいにごちそうすることもめずらしくありません。日本であればごちそうされた者は次の日に、ごちそうしてくれた人に「昨日はごちそうさまでした」と席に伺って礼を言うか、わざわざ席に行かないまでも折を見て礼を述べるのが常識ですが、その常識は中国では通じないようです。

中国では、日本のように誰かがこっそり手洗いに行くふりをして勘定を済ますといったことはありません。服務員をテーブルに呼んでみんなの前で現金を渡して、誰がこの宴会の費用を負担したかを誇示する風習があります。今夜の宴会のボスは誰かを明らかにするのです。割り勘はあり得ません。大勢の人たちに大盤振る舞いをして、眼前で大枚を出して清算をすることは、日本ではしがない勤め人でしかない身にとっては多少品がないかなと思いつつも、少なからず快感の伴う貴重な経験といえます。そして、ごちそうしたものは権力を示す機会であり、饗応を受けたものはそれを受け入れたことになります。お礼を言う筋合いでないのかもしれません。
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