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上海で玉三郎を観る【京劇と昆劇の違い】

投稿日:1月 4, 2018 更新日:

特に歌舞伎に関心が強いわけではありませんが、坂東玉三郎の昆劇が上海で公演されると聞いて、滅多にない機会だと思い休日に観に行くことにしました。チケットは人事課の呂係長にお願いすると快く承知して手配してくれました。

日本人であふれる蘭心大戯院

上演しているのは地下鉄1号線の陕西南路駅を出て歩いて数分でいける距離にある蘭心大戯院という劇場で、花園ホテルの蓮向かいにありました。花園ホテルには仕事の接待で何回か行ったことがありこんな近くに劇場があるとは気づきませんでした。それほど大きくもなく、余り目立たない建物でした。昔は京劇だけを上演していたらしいのですが今は、コンサートや雑技団など多様な目的に使われています。

中に入るとさほど広くもないロビーに3~40人ほどの人が当日券やハ゜ンフレットを求めてひしめいていましたが、日本語が飛び交っていますのでそこにいる人が全員日本人のような気がして、日本にいるような感覚に襲われました。

京劇と昆劇の違いも分からずにいたのですが、パンフレットなどによると、昆劇は江蘇州の昆山が発祥で古典的なのに対して、京劇はその以降に安徽省で発祥しますので現代的で分かりやすいためか北京では受けがよくて盛んになったために京劇と呼ばれるようになったそうです。衣装や言い回しでの違いはないようです。
昆山市は江蘇州にありますが、私の駐在していた嘉定区から車で30分で行けるほどの距離にあり、日本企業が数多く工場誘致していました。そのうちの数社と取引がありましたので、昆山市には毎月のように出向いていましたが、なんとなく埃っぽい殺伐とした街との印象しかなく、あとで昆劇の発祥地と知って、これまで昆山市の一面しか見ていなかったことに気づかされました。

昆劇の名作「牡丹亭」

昆劇の名は「牡丹亭」という代表的な戯曲で、日本の「牡丹灯篭」とよく似た怪談のような話でした。劇は静かに始まって淡々と進みましたが、京劇の派手な動きと見栄を想像していたので、少し拍子抜けした感は否めません。ステージの右側に日本語、左側に中国語のせりふの訳が電子掲示板に出るのですが、どちらもよく分かりません。手元の日本語の解説書でやっとある程度のストーリーが分かる有様ですが、それでも初めて見る中国の歌劇で、これも初めて生で見る玉三郎なので十分楽しむことが出来ました。
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後ろの座席で日本人の中年と思しき二人組みがひそひそ話しながら観ているので聞きたくなくとも聞こえてくるのですが、玉三郎の演技がこの前の北京の時より慣れてきたせいかよくなっているというような内容でした。どうやらこの女性たちは玉三郎の「追っかけ」で中国の各地まで玉三郎を観に来ているようでした。上海公演が最初かと思っていましたが先に北京公演があったこともおかげで知ることができました。

福州路で京劇劇場を探す

昆劇を観たことに触発されて、上海駐在している間に一度は京劇も見たいと思いました。それも日本の観光客がお目当てで来るような外向きの劇場ではなく、一般の市民が行くような大衆的なところに行きたいと考えて、インターネットで調べてみますと「逸夫舞台」という京劇専門の劇場が見つかりました。場所は地下鉄「人民広場」から徒歩で数分ほどとなっていましたので交通の便もよく、早速休日に行ってみることにしました。

「人民広場駅」は地下鉄1,2,8号線が乗り入れている交通の要所なので、広大な地下広場を有していて18もの出口があります。とにかく地上に出て人民広場を背にして立つと公園を起点として東西に延びる何本もの有名な道路があります。これらの道路は1kmほど先で黄浦河に行く手を阻まれて、その川沿いに走る中山東一路に合流します。川沿いの道路には旧租界時代の古い建造物が居並んでいて「外灘」と呼ばれる世界的は名所になっています。

人民広場を背にして一番左から伸びているのが「南京東路」ですが今は「南京歩行街」と呼ばれているようです。車を締め出し歩行者天国になっていて、内外の多くの観光客がひしめいています。日本の有名店も店を出していて、そんなお店などをぶらぶら見ながら30分ほどかけて歩くと目的の外灘に出るというのがお決まりのコースになっています。

南京東路の牛丼吉野家

 

この「南京東路」から右側に数えて4本目に東西に走っているのが「福州路」です。福州路の通りに入って最初の区画に「逸夫舞台」があるのですが、気づかずに通り過ぎてしまい、あちこち歩いた末に戻って来てやっと見つけました。小さな映画館といった感じですので、思わず見過ごしてしまっていました。

思わず見逃した「逸夫舞台」

 

庶民の劇場「逸夫舞台」

中国版ウキペディアによると「逸夫舞台は1926年に建てられた京劇舞台の天蟾舞台が前身で、当時の規模は3階建ての3917席の大型劇場であった。現在の建物は、1989年に改装されたもので、1994年に名前を逸夫舞台に改めた。観客席は、928席で上海で最も主要な京劇劇場であり、“北の長安、南の天蟾”と呼ばれている」。ここでいう「長安」とは北京にある長安大戯院のことで、ここと並び称されるほどかつては京劇世界で一世を風靡していたことがうかがえます。現在では観劇料金も60元(900円)と安価であり、地元のおじさんたちが贔屓(ひいき)の役者を目当てに気軽に通える大衆演劇場となっています。

入り口すぐの小さなロビー

本日の出し物は「関聖」

逸夫舞台の中に入ると小さなロビーになっていて、普段着の比較的年配の人たちが集まっていました。その一角にテーブルを置いただけのオープンなチケット売り場がありました。その日の演目は「関聖」という関羽を主人公した出し物でした。どんなお話かはよく分かりませんが、もともとお目当てなぞありませんから60元のチケットを購入し、入場時間まで1時間ほどありましたのでどこかで時間をつぶすことにしました。

今週の出し物は「関聖」

丁度道路を挟んだ隣が「千里香」という名のケーキ屋さんでお茶も飲めましたので、そこでコーヒーを飲みながら逸夫舞台と前の通りを眺めていることにしました。入り口の上部には「逸夫舞台」と書かれていますがその横に「TIANCHAN PEKING OPERA CENTER」、建物自体の中央部分にはそれの中国語訳となる「天蟾京劇中心」と大きく記されています。歴史ある名前を消さずに残してあるのでしょう。上海人がその名を愛(いと)おしんでいることが分かります。

喫茶店「千里香」から逸夫舞台を臨む

 

さて時間になって劇場の中に入ると、入り口の小ささからは想像ができないほど奥行が広いことが分かりました。1000人ほどの観客椅子が並んでいますが、かつては3倍の収容能力があったそうですから、この区画全体が劇場であったものが、改造時に入り口近くの周辺を削られしまい、奥に行って広がる扇型の劇場になったものと思われました。

1000人収容のホール

日本の歌舞伎と違って舞台装置はほとんどありません。歌と踊りとセリフと見栄などで構成されているのですが、セリフが分からない話の流れが皆目わかりません。ステージ横の電子掲示板に中国語のセリフが流れますが、私の語学ではとても意味を追うことは出来ません。蘭心大戯院と違ってここは大衆向けなので、ストロボさえ使わなければ写真撮影も自由です。劇の内容が理解できなくとも、色彩豊かな舞台衣装や華やかな踊りを観て写真を撮るだけで結構楽しめます。

色彩豊かな衣装と踊り

 

歌舞伎との違いは女性は女性が演じるところ

歌舞伎と違い女性の役は女性が演じます。もともとは歌舞伎と同じように男性が女形を演じていましたが、共産党政権になってから女を男が演じるのは不自然だということになり、女性が演じるようになったとのことです、女性が演じながら舞うと、男性が演技で出すものとは違う自然な艶やかさがあり思わず見とれてしまいます。

しなやかな女性の舞

劇が終わったにカーテンコールがありますが、これが実に延々と続き観客の歓声に応えます。ひとりの観客のおばさんが舞台に上がり、主人公の関羽に花束を手渡し、また一際(ひときわ)歓声が上がって盛り上がります。

花束を抱える関羽役

舞台の下には演奏スペースがあり10人以上の人が古楽器を生で演奏していました。これもまた珍しく、思わず覗き込んでしまいました。

舞台下での古楽器演奏

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