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日本語を短期間でマスターした中国の若者の前途

投稿日:12月 26, 2017 更新日:

赴任者のこまごまとした手続きやら必要なものを揃えてくれるのが総務課の紀さんでした。彼はまだ18歳でしたがとても気の利き、フットワークが軽い陽気な青年でした。とにかく日本語が上手でその年齢で驚くことに日本語検定の1級に合格していました。

幹部になれば車で送迎

会社には車が4台ありました。そして運転手も4人です。その車で日本人の送り迎えをしますが、中国人の幹部も送り迎えをします。中国人スタッフはそれまで自転車や電動バイクで通勤していたものが、課長以上の幹部になるとその日から車での送り迎えになります。それぞれが違うところに住んでいますのでそのやりくりは大変です。朝は同じ時間の通勤ですが、帰りの時間はまちまちになります。現場の幹部ともなると残業が多く深夜になることもあります。

日本人はマンションに真直ぐ帰る者は少なく、夕食を日本料理店でするのがほとんどです。しかも、嘉定という小さな街の中に日本料理店が13件もあり、それぞれ行きつけの店があり車で送っていかなければなりません。そうやって順番に降ろして行ったあとに車は一旦工場に戻り待機します。そして食事の終わった日本人をまた拾いに行って、マンション或いは夜の酒場へと送り届けるのです。

その采配を紀さんが一人で携帯電話を駆使しながら行っていました。日本人と中国人幹部のその日の予定を聞いて、車ごとの行動予定を立てて運転手に指示をします。一つの指示を間違えると大混乱になってしまい幹部を怒らせてしまいます。物事を都合よく手配することを日本語では「案配する」「按排する」と言いますが、中国語でも「按排anpai」と言い、日常の会話のなかによく出てきます。彼はこの按排をほぼ完ぺきにこなしていました。頭の回転が速くなければできません。
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密告で18歳以下が発覚

彼は私が赴任する2年ほど前に今の工場に一度入社していました。総務にいた誰かの遠縁にあたるとかで紹介があり、若いけれども気が利くということで総務の仕事の使い走りのような仕事をしていました。やがて性格が明るく頭の回転がいいのでその時のトップに可愛がられていましたが、そのために妬まれたのか、或る時に彼に関する密告がありました。彼はまだ17歳であるのに18歳と偽って入社しているというのです。18歳以下で働くことは中国でも違法でもなんでもなく、中学を出て就職することは珍しいことではありません。しかし、私の工場社では採用の条件が18歳以上となっていました。このことは中国にある日系企業の共通したルールでもありました。

密告は3か月に1度ぐらいの頻度で届きます。日本人幹部の携帯電話にショートメールで、「誰それが不正を働いているので調べるといい」といったような内容できます。日本人幹部の携帯電話番号は緊急事態発生時の連絡先として社内に公開していますので、誰でも直接日本人幹部にショートメールを送ることができるのです。発信元が分からない場合が多いですが、時には分かる場合もあります。いずれにしても、総務の李課長に調査の指示をします。

紀さんの場合、密告の内容は事実でした。彼は17歳であることを隠し、知り合いの18歳の者の身分証を借りて提示して採用になっったことを素直に認めたとのことです。このように他人の身分証明書を使って、年齢と名前を偽って職に就くことはそれほど珍しいことではありません。工場では多い時に月200人からの農民工を雇うこともあります。また同じくらいの数の人が辞めてもいくわけですので、人事課の4人だけでは、チェックは十分にはできません。

その時のトップは彼を評価していましたが、トップ自らが規則を破るわけにはいきませんので、やむを得ず解雇を言い渡しました。しかし、18歳になったら改めて入社を希望して再来してもよいと言い足すことも忘れませんでした。

1年で日本語検定1級に合格

彼はその恩情に報いたいと思ったのか、それから日本語の勉強を始め、なんと1年足らずで日本語検定の1級に合格したうえで、18歳になってから来て。、堂々と再入社を果たしました。大学で日本語を専攻した者でもからず何年も苦労している1級の試験を彼は短期間で受かり、また、試験に合格しただけではなく実際に仕事をするうえで不自由なく日本語を操れ、日本人と折衝ができましので、日本人からも重宝がられいろいろな外部からの購入も任せられるようになりまりました。

そし半年がたち、再び彼に関する密告が届きました。今度は外部の納入業者からリベートを貰っているというのです。これについても彼はあっさりと事実であることを認めました。トップは思いあぐねた挙句、初犯であることと、リベートの額が小遣い程度であったこと、そしてまだ18歳と若いことから、更生の機会を与えるということで厳しく説教をしただけで済ませました。

外部購入時のリベートは当たり前

外部からの購入品に関わるリベート受領は中国では当たり前のように行われており、それができる地位に就いた者の当然の権利と考える風潮が中国には根づよくあります。これは下級官吏から上は最高権力者に至るまで同様であり、地位が高くなるほどその利権に依存する人々が増え、本人もやめるにやめられない状況に陥るというシステムが出来上がっています。これは共産党政権となっても変わることはありませんでした。

結婚披露でデュエット

この件があった後に、私が赴任して来たことになりますが、私の在任期間の3年半は彼は特に問題を起こすこともなくまじめに仕事をこなしていました。そして22歳の時に結婚をしました。披露宴にはもちろん日本人全員が招待されて参加しましたが、これまでの出稼ぎできている従業員の披露宴とは違い、多くの同僚のほかに親や親せきの人も大勢来ており、場所こそ同じような大衆食堂を借り切ったものでしたがおおいに盛り上がりました。私は彼の直属の日本人幹部ということで、スピーチを頼まれましたので、親と親戚が来るということもあり、日本式に新郎を褒めたたえる内容の中国語の原稿を何日もかけて推敲し、練習して当日に臨みました。彼が如何に若くしてかつ短期間で日本語をマスターしたか、如何に仕事が早く正確であるか。彼は能力に溢れ、前途は洋洋としていると。私の拙い中国語でどれほど伝わったかは心細い限りでしたが、誠意は感じ取って貰えたと思いました。そのあとで彼の指名を受けてヘタな中国語の歌をカラオケで歌いましたが、途中から彼も加わりでデュエットできたのも楽しい思い出となりました。

中国は学歴による差別社会

彼は潜在的な能力に恵まれていると感じましたが、今の中国は学歴社会です。都市籍と農村籍の差別と並んで学歴の差別が指摘されています。学歴のないものは手に技術を身に付けるか、商売で身を立てるしか成功する道はありません。それは中国に限ったことではないでしょう。しかし中国では、就職ができない大卒者が何百万人もいて、本来であれば低学歴者がする仕事の領域まで進出せざるを得ないという状況にあります。

結局私の在任中の3年半の間、彼の仕事の内容は何も変わらず、彼からの要求や希望がないままに過ぎてしまいました。彼ならもっと難易度の高い仕事でも挑戦させればできたと思われましたが、その機会を与えて上げることができないまま帰国することになってしまったことに後ろめたさみたいなものを感ぜずにはいられません。しかし、かれはその単調な繰り返しである按排の仕事が性に合っているのか、明るくこなすだけで、他の仕事したいとかの希望は遂に出てきませんでした。

彼のように能力があっても、中学卒の学歴しかない者の前途にどんな可能性が今の中国にあるのか私にはわかりません。彼自身も、現状以上を期待しても失望があるだけなのを理解して、現状肯定をしているのかもしれません。渋谷の駅前の雑踏を歩いて中国人と思われる彼に似た風采の若者とすれ違うとき、ふと彼はまだあの工場にいるのだろうかと思うことがあります。

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