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中国馬路 トップページ

中国の上海郊外に何年か住んでいました。 そこで出会った人々、起こった出来事そして見聞きしたもの全てが新鮮に感じ、今も頭の中に刻みこまれています。 新聞で大きく取り上げられない日はない巨大な隣国中国。 …

台湾映画「多桑」にみる日本統治時代とその後の台湾

台湾映画「多桑」は吴念真が1994年に監督した処女作です。吴念真は脚本家であって、侯孝賢監督の「非情都市」や「恋恋風塵」の脚本で知られています。今回は侯孝賢が製作を担当し、吴念真が自分の脚本を自ら監督 …

上海の工場で働く人の賃金はどのくらい?

中国での労働者の最低賃金は国で定められていて、都市や省によって違います。 上海市の最低賃金はその中でも最高水準で、私の赴任当時(2008年)では月給960元でしたが、その前年は840元で毎年上昇の一途 …

出稼ぎの若者たち(農民工)の生活は日本の尺度で捉えてはいけない

私の勤務する上海工場のいわゆる農民工と呼ばれる人たちが1,500人ほど働いていました。その彼らの暮らしぶりについては余り語られることはないように思いますので少しお話したいと思います。 私の工場では小さ …

日本人の声調の行きつくところは

中国語の発音で日本人が一番苦労するのは声調(四声)ではないでしょうか。 中国語が最も中国語らしく聞こえるのはこの四声があるからですが、その肝心なところが日本人にとって最も苦手とするのだから苦労するのも …

中国での日本語能力試験1級には日本人でも合格できない

上海市郊外にある私の工場での専門職の人材採用に当たっては日本語ができることが最重要条件でした。日本語ができなくともそれなりの専門技術があれば採用になりますが、日本語ができる人の下につかざるを得ない状況 …