関連記事

中国馬路 トップページ

中国の上海郊外に何年か住んでいました。 そこで出会った人々、起こった出来事そして見聞きしたもの全てが新鮮に感じ、今も頭の中に刻みこまれています。 新聞で大きく取り上げられない日はない巨大な隣国中国。 …

台湾映画「多桑」にみる日本統治時代とその後の台湾

台湾映画「多桑」は吴念真が1994年に監督した処女作です。吴念真は脚本家であって、侯孝賢監督の「非情都市」や「恋恋風塵」の脚本で知られています。今回は侯孝賢が製作を担当し、吴念真が自分の脚本を自ら監督 …

中国の理髪店に行って困ったこととは(ある決断)

中国に観光や短期滞在で言った時には特に気にならないのですが、長期駐在していて困ることに散髪があります。中国での理髪店は日本でのそれとはだいぶ様子が違っていました。 私が駐在していた上海市の嘉定区市街で …

金城武のことを中国ではどう呼ぶのか

映画俳優の金城武は日本でも名が知れていますが中国でも大変人気があります。私がこの台湾生まれで日本や台湾だけでなく中国で活躍するの彼に興味を持ったきっかけとなったのは、赴任した上海の工場で人事課で仕事を …

上海で出会った韓国と北朝鮮【上海での接待事情】

私の上海の工場では携帯電話の部品も製造していましたので、部品を納めている世界有数の携帯電話端末機メーカーの人たちが打ち合わせやラインの視察のために工場に来ることがよくありました。1社は世界に冠するAp …

中国での日本語能力試験1級には日本人でも合格できない

上海市郊外にある私の工場での専門職の人材採用に当たっては日本語ができることが最重要条件でした。日本語ができなくともそれなりの専門技術があれば採用になりますが、日本語ができる人の下につかざるを得ない状況 …