台湾の映画

映画「牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件」にみる台湾の自由空間-プレスリーの歌

投稿日:10月 15, 2017 更新日:

この映画のモチーフとなった実際の殺人事件は台北市牯嶺街にあるアメリカ新聞社の近くで起こりました。犯人の少年はアメリカ新聞社の前で恋敵と落ち合うを約束をしています。当時の台湾においてアメリカは非常に身近にあったということになります。アメリカ新聞社の付近で殺人事件が起こったとの一報を受けた警察には緊張が走ります。国民党政府にとってアメリカの存在はとてもデリケートな問題を孕んでいたからです。

この映画の監督である楊徳昌監督は光と陰などの相対する二つの要素をそれぞれ表現することで、観る者に事の本質を考えさせようとしているかのように思えます。その一つがアメリカ文化と国民党による恐怖政治との対比です。

ソ連を中心とする共産圏側との冷戦の中でアメリカは中華人民共和国に対抗するものとして台湾を援助します。多くの米軍人が台湾に駐留することになります。それは台湾にアメリカの自由な文化をもたらすことにもなります。

しかし戒厳令を公布して恐怖政治で辛うじて台湾を支配している中華民国政府にとって国民に自由な空気に触れさせるわけにはいきません。

 
  

政府はラジオ放送で国民の心理をコントロールとしようとします。映画では国民の管理の象徴としてラジオが扱われています。ある夜の小四の家ではラジオから流れてくる音楽は、当時世界中で人気のあったプレス―の歌声ではなく、日本の橋幸夫の潮来傘でした。小四の母親はこう嘆きます「日本と戦って8年。日本に勝ったというのに日本の家屋に住み、日本の歌を聴くことになるとは」と。

 

国民政府のプロパガンダの象徴としてのラジオと対極をなすものとして、アメリカの自由な空気を発信してくれる装置にレコードプレーヤーがあり、映画ではそれらが対比的的に扱われています。小猫王がプレスリーの歌の歌詞の聞き取りを小四の姉に頼もうとしてレコードプレーヤーを小四の家に持ち込みますが、途中で壊れて音が出なくなります。慌てた小猫王は小四家のラジオを開けて二つを線で繋ごうとしますが繋いだ瞬間にとんでもない雑音を発してしまい、それ以降小四家のラジオは調子が悪くなってしまいます。ラジオが国民政府でレコードプレーヤーがアメリカ文化というわけです。相対抗するものを繋いだ瞬間に火花を知らして不協和音を発し、修復不可能というわけです。考えすぎのような気もしますがそういう見方も確かにできます。

小猫王が「小公園」パーラーでロックンロールを唄う場面やホールでのプログループを招いてのコンサートの情景はまるでアメリカ映画の青春グラフティーを観ているような錯覚さえ覚えます。その明るさは少年少女たちの将来が自由な空気に包まれているような期待を映画を観ている者観客に感じさせるが、その裏では戒厳令下の重苦しい空気が垂れ込めている事実がり、その対比のためことさらに明るく描いているような気さえする場面です。

案の定、そのあとで不良少年たちのグループは嵐の夜に闇にまみれて抗争相手を襲って殺戮し、小四の父親は白色テロの餌食になって気の抜けた廃人のようになってしまうのでした。楊徳昌監督は光輝くアメリカ風の自由文化にスポットライトを充てることで逆に台湾の暗部を浮き出させることを狙ったのではないでしょうか。その暗雲はやがて、理性或いは希望を象徴するとされている懐中電灯を失った小四が懐中電灯の代わりにナイフを手にして小明と対面するラストへと繋がっていく布石のようでもあります。

 

映画ではプレスリーの「Are You Lonesome Tonight」の曲が流れ、この歌詞の中にある「a brighter summer day」はこの映画の英語の題名にもなっています。この題名は小四と小明との輝いた日々は永遠に戻らないことを言っているようにも思えます。映画の中でプレスリーは台湾におけるアメリカの自由な空気の象徴として扱われています。

プレスリーは唄います。

Are you lonesome tonight?(今夜はひとりかい?)
Do you miss me tonight? (僕がいなくて寂しくないかい?)
Are you sorry we drifted apart?( 別れてしまったことを後悔していないかい?)
Does your memory stray to a brighter summer day(より輝いていた夏の日を思い出してはいないかい?) ...

 

ところで余談ではありますが、プレスリーは中国語で表音漢字で表記するときは通常「普雷斯利puleisili」となりますが、一般的には中国・台湾では「猫王」と呼ばれています。映画でまだ声変わりしていない高い声でロックンロールを唄っていますが、将来はプレスリーの歌を声変わりして唄うのが夢である少年が「小猫王」の愛称で呼ばれています。ところでプレスリーのことを何故「猫王」と呼ぶのかは、知り合いの中国の人に聞いても分かりませんでした。調べてみると数多くあるプレスリーの別称の中にある「The Hillbilly Cat」(田舎者の猫)と「The King」とが一緒になって「猫王」として中国では使われるようになったという説がどうも有力なようです。真偽のほどは定かではありませんが。

 

→関連記事:実際の牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件

→関連記事:少年殺人事件のその後

→関連記事:映画「牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件」にみる台湾の外省人たちと白色テロ



スポンサーリンク




スポンサーリンク




-台湾の映画
-,

執筆者:

関連記事

映画「牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件」にみる台湾の外省人たちと白色テロ

この映画では台湾における外省人の世界が主に描かれています。 外省人とは、1945に日本が降伏し50年間にわたって台湾を統治してきた日本に代わり台湾に渡ってきた国民党とそれに同行して来た移民たちのことを …

台湾映画「恋恋風塵」における台湾語と北京語

恋恋風塵は1986年に制作された候孝賢監督の台湾語による台湾映画です。脚本は吳念真で、自らの青春時代を描いた半自伝的な物語となっています。簡単なストーリーを紹介しますと、 1960年代の後半、王晶文演 …

クーリンチエ少年殺人事件のその後

  1961年の6月15日台北市クーリンチエ街で起こった16歳の少年Mによる15歳の少女Lの殺人事件が報道されますと、台湾中に衝撃が走りました。     当時の新聞報道 …

実際の牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件とはどんな事件だったのか

2017年4月1日に新宿にある武蔵野館という映画館で楊德昌監督の台湾映画「牯嶺街(クーリンチエ)少年殺人事件」を観てきました。上映時間4時間という長丁場の映画であり、途中に休憩がないのが正直つらかった …

台湾映画「非情都市」で唄われる「幌馬車の歌」

台湾映画「非情都市」は1989年に候孝賢監督が台北の北に位置する採鉱の街九份を舞台にして本省人の国民党政府に対する抵抗運動と国民党によるその圧殺とを真正面から描いた映画として、世界的な評価を得ました。 …