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中国のお役人さんにごちそうされて

投稿日:5月 3, 2017 更新日:

私が勤めた会社がある上海の郊外の工業団地には日本からの誘致企業が多くありますが、中国の企業ももちろん多くありました。工業団地は区域で分けられており、それぞれに担当の役所があります。

何か工場で新しいことをする場合は事前にこの役所の役人に報告をして許可を得なければなりません。その役所は所長と次長とあと数人の担当と言った小規模な集団でしたが、我々にとっては絶大な権限を持っているわけでおろそかには出来ない存在です。

その彼らが年に一度年末になると上海蟹をご馳走してくれるのが慣習になっていました。役所近くの料理屋に予約をしておいて招待してくれるのです。上海蟹も安物から高いものまで様々で、役人がご馳走してくれるものは高級品の部類に入り、やはり味もなかなかのものでした。

ご馳走してくれるのはいつも所長と次長の二人でしたが、所長はいかにも中国の役人と言った感じで、次長の方は渋い男前で知的な感じのする紳士でどことなく日本人の雰囲気を持ったひとでした。

もちろん黄酒(老酒)を飲みながらの歓談ですが、或る時その次長が、日本では中国の小説でどのようなものが知られているのかと質問をしてきました。日本人は異口同音に「三国志」を上げましたので、次長は大きくうなずいたあと、三国志の中のどの登場人物が好きでその理由は何かと質問をしてきました。

通常だと相手の力量を試す意地悪な質問とだとらえがちですが、その人は意地悪をするような人には思えませんので、純粋に日本人は三国志をどのように読んでいるのか知りたいとの知的好奇心からの質問であることは彼の穏やかな話しかたから察せられました。さてと困りました。正直のところ、子供が小さいときに絵本代わりに呼んであげた子供向け三国志しか読んだことがないのです。

日本人はその場に4人いましたが、それぞれが諸葛孔明や曹操の名前を挙げてその理由を簡単に述べていました。みなさん中国にしばらく滞在しているのであらかじめこういう質問には慣れているものと思われました。私は、無難なところで劉備の名を上げてリーダーとしてすばらしいなどと言ってその場を取り繕いました。

次長はそれぞれの話を通訳を通じて聞きながらしきりに感心していました。通訳は日本にも何年か勤めた経験のあり、頭脳明晰な経理部長の劉さんでしたので、大した内容でもない話を上手く膨らませて相手が感心するような内容で通訳してくれたのだと思います。やはり、外国に滞在するからには、その国で有名な小説の一つぐらいはきちんと読んで感想を述べられる程度の知識を持っていないと、日本人の評価を落とすことになると反省しました。

さて、これらの地区の役所全体を束ねるのが、嘉定区の全体の開発を管理する役所でしたが、広大な敷地に10階建ての大きなビルを構える役所でした。

或る時私の会社のトップが交代することになり、挨拶に行きました。工業団地にある会社でトップが交代するときは新旧揃ってその役所の長官に挨拶に行くのが慣わしになっていました。その長官は広大な工業団地が見渡せるガラス窓を背に大きなデスクから立ち上がり、我々と簡単な挨拶を交わすと、それでは昼食を食べながらお話しましょうと言うことになりました。

デスクの前には大きな円卓があり、席に着くと次々とレストランのウエイトレスといった格好の若い女性が次々と料理を運んできました。もちろん挨拶に行く時間は指定されており、昼食の時間が指定されていましたので、料理は予め調理室で準備されたものですが、役所の中に厨房があり会議室がそのままレストランになるというのには正直驚かされました。

長官は食事をしながら最近の経済の状況など世間話を面白おかしくした後に、当時日本で起きた東日本大震災について触れ不幸なことだと神妙な顔で言いました。ところでと彼は言いながら、こんな話をしました。

「福島原発の事故の処理では、日本はアメリカのロボットを借りて、現場調査していた。我々は、日本はロボットの最先端国だと思っていたのにびっくりした。どうしてそうなのか不思議だ」といいました。その言い方はいかにも日本もたいしたことないという見下した響きがありました。

それまでは長官に調子を合わせて合いの手を打っていた他の日本人たちも黙ってしまいましたので、私はそれまで会話に加わっていませんでしたが、「放射線の強い環境下ではロボットの制御が放射線の影響を受けて誤動作をする危険がある。日本のロボット開発はそのような環境で動作させることを前提にしていないので日本のロボットは使えない。そういう環境でのロボット開発の研究が進んでいる米国の力を借りるしかなかったのだ」と説明しました。

つまり、そういうロボットの研究は核兵器を持っている軍事大国の方が進んでいるのは当たりまえだということを言いたかったのですが、いまひとつの軍事大国である中国の役人にそこまでは明確に言えませんでした。劉さんの通訳を聞いた長官が急に不機嫌に黙り込んでしまったところをみると、劉部長がある程度正確に話の内容を理解して通訳したらしく、また長官も私の話の主旨を理解したものと思えました。劉さんはまだ30歳にもなっていませんが本当に才能ある女性であると改めて思いました。



ところで、地区の役所の実務担当の若い人が、無理を言ってきたことがあります。それは車のナンバープレートの権利を譲って欲しいというのです。別の記事でも書いたのですが上海ナンバーはオークションでないと買えず、8万元(日本円にして120万円)にも高騰しているのでした。企業は仕事上、上海市内に行く必要はあるわけですから、企業の規模に応じてナンバープレートの何枚かの取得権利があらかじめ与えられていました。私の会社は6枚の権利がありましたが実際には3枚しか使っていません。上海市内に車で行くのは仕事ではなく日本人が医者に行くとか、顧客を接待するときぐらいしか使わないからです。権利を与えられた会社はその権利を他に譲ることもできます。若い役人はそこに目をつけたわけです。当企業を管轄している役所ですからその辺の数字は把握しています。一度は適当な理由をつけてやんわりと断りました。

しかし、半年ほどが過ぎて再び李課長を通じて要請がありました。2度断るとどういう難題を持ちかけられるか分かりません。李課長と相談して止む無く受け入れることにしました。それから1カ月ほど過ぎて、李課長からその若い役人がお礼に食事をごちそうしたいと言っていると告げられました。これは明らかに便宜を図った見返りですが、断れば角が立ちこれからの仕事に支障が出る可能性があります。私は迷いましたが、郷に入っては郷に従えです。私は李課長と一緒にごちそうされることにしました。

→関連記事:上海のお役人とのお付き合い

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