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中国語の先生が大学で日本語を専攻した理由とは

投稿日:3月 28, 2017 更新日:

私は以前からどこの国でもよいからひとつの国の言語を身につけてその国の人と日常的な会話をしたいとの願望がありました。そのためには少なくとも1年はその国に住む必要があり、その期間にその国の言語にとっぷりと浸ればそれは可能と考えていました。

結局、その考えは甘かったと痛感することになるのですが、少なくとも中国に赴任したときは、これで念願がかなうと考えていました。

会社が赴任地の言語を学習することについては費用援助していましたので、それを使わない手はないと思い着任早々財務の女性課長の謝さんに適当な語学教室を探してもらたいと依頼しました。

彼女は会計のプロであって日本での執務経験もある、日本語が達者な人でした。彼女が早速これまでに日本からの赴任者が契約をしたことのある語学教室と連絡を取った結果、教師の候補を何人かと順次会社に行かせるので面接をしてその中から教師を選定して欲しいとのことでした。

私の住む嘉定区でも語学教室はありましたが、日本語や英語を中国の人に教える教室であって、中国語を教える教室は上海市街にまで行かないとのことでした。

その連絡を取った語学教室はどこにあるのかもよく分からないのですが、大学で日本語を専攻した人たちを日本人向けの中国語教師として何人か契約しており、依頼があれば派遣するというような営業をしているようでした。

面接での予期しない回答

まずは最初の人の面談をするすることになり、会社に来てもらうことになりました。応接室で謝課長と一緒にいた彼女は名前を唐さんといい、丸顔でふっくらした落ち着いた感じの人で第一印象は悪くはありませんでした。

自己紹介をしてもらうと彼女は流暢な日本語で、雲南省の出身で、去年上海外国語大学の日本語学科を卒業したが、就職先がなかなか見つからず就活中であることなどを話してくれた。



一通りの質疑応答があり、私は最後にありきたりな質問をして面接を終わりにしようと思い「何故大学で日本語を専攻したのですか」と聞きました。日本企業に就職したいとか好きなアニメの影響とかの答えを想像していた私に彼女は目を据えてこう答えたのでした。

「わたしは小さいときに親と一緒にテレビのドラマをよく観た。ドラマは日本軍侵抗時代のものが多く、極悪非道な日本兵がこれでもかというほどの非人間的な行為をしていて子供心にとても怖かった。

しかし大きくなるにつれ、何故同じ人間なのにあのような残酷なことができるのか。日本人は何故あのように非人間的なことが平気でできるのか。日本人を研究したいと思うようになり日本語学科を選びました」

私は思わず彼女を凝視しましたが、彼女は動じる様子もなくキッと私の目を見返すだけでした。私はひと息間をおいた後に「そうですか。それではよろしくお願いします」と答えるだけにしました。

応接室を出たあと謝課長には、あの人にするので他の面接はもう不要であること、契約と最初の講義の日程を相手側と早々に詰めてもらいたい旨を話しお願いしました。

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廃校した小学校跡での授業

契約はスムーズに進み早速、最初の講義は次の土曜日の午後の二時間ということになり、当日私はその指定された教室を目指しました。場所は私の住んでいた小区に接している地区の建物なので、歩いて2分ほどでいけましたが、とても語学教室があるような建物には見えません。

雑草の中に見捨てられた廃墟といった風です。私は語学教室と聞いて、日本の「駅前のNOVA」のようなイメージを抱いていましたがそれとはおよそかけ離れたものであり、多分ここは待ち合わせの場所であり、この先どこかに移動するのだろうと思い直して門の前で彼女を待ちました。

やがて現れた彼女は私を促してその建物の門から中に入っていくと、小さな管理室のような部屋に入り、そこにいたおばさんと話を交わしたあと鍵を受け取り「では教室に行きましょうと」その廃墟の階段を上り始めました。

私は観念して彼女の後に続くしかありませんでした。2階には横長に外に面した通路があり大小の教室が並んでいました。彼女はそのうちの一番小さい扉の鍵を開けて私を招き入れました。中は二列に机と椅子が5個づつほど並んだ小さな教室でした。

扉のある面には小さな黒板があって、たった一人の生徒と先生の授業がこうして始まりました。彼女の話だとそこは以前小学校だったのが、廃校になってからも建物は壊さずに職業訓練などの教室に流用されているとのことでした。契約した語学教室の会社がその一室を借りているようです。それから5ヶ月間の毎週土曜日の午後にその教室に通い2時間の授業が行なわれました。しかし、その間にこの建物で人声や人影を見たことはついに一度もありませんでした。
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月に1回、授業を午前中に行ないました。その日は授業が終わったあとに昼食を彼女と一緒にすることになっていました。彼女が適当な店を選んでおいてくれて、中国の料理を食べながらいろいろな中国の風習などについて話をしてくれる課外授業でした。

火鍋や小龍包、彼女の出身地である雲南省の料理である「過橋米線」など一人では入りにくい大衆的なお店での食事は貴重な体験でもあり楽しみでもありました。彼女自身も大学で習った日本語の実践ができる貴重な時間だったのでないでしょうか。この時は日本語だけの会話で私は主に聞き役に徹していました。

食事代は当然私が払おうとしましたが、彼女はかたくなそれを拒み私の分も払おうとします。そこに彼女のプライドをみることができましたので素直にご馳走になり、別途私がご馳走する機会を作るようにしました。

彼女は明らかに工場にいる地方からの出稼ぎに人たちとは違いますが、事務所勤務の大卒の社員たちともまた違っていました。

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巡ってきた日本留学のチャンス

授業が始まって4ヶ月が過ぎた頃、授業が終わって食事をしていたときに彼女が私の意見を聞きたいと言って話し始めましたことがありました。

実は今、日本の大学に留学できるチャンスが巡ってきていて、できれば日本の大学で経済について勉強したあと日本の企業に何年か勤めて経験を積んだ後、中国に戻ってそれらを活かす仕事につきたいと考えている。ところが彼女が大学で勉強している間に雲南省のいた両親が上海に出て来て今一緒にマンションに住んでいる。両親は彼女が上海で就職をしてこの先も一緒に暮らしたいと思っている。自分が日本に行けば両親はよりどころをなくし雲南に帰らなければならない。両親の落胆を思うと踏ん切りがつかない。どう思うかというのでした。

私は彼女の問いに対して「留学をしてもしなくてもどちらを選択しても後悔することになるだろう。けれども、同じ後悔をするなら、行動してからする後悔を選んだほうがいい」と答えました。彼女は聞きながら黙って食事をしていました。私は、彼女の気持ちは既に決まっていて誰かに背中を押してほしいのだと感じそう言ったのでした。

 

それから3週間が過ぎた授業のときに、日本の留学が正式に決まったのでこれが最後の授業になりますと彼女は言いました。そして半年の契約になっているので残りの授業は同じ大学で学んだ友人に代わって貰う事にしたいが了解してくれるかと問われました。私はそれで構わないと答えるだけに留め、詳しいことは聞きませんでした。

数日後、私は彼女と代わりの新しい先生とをホテルのレストランに招待し少し豪華な食事をご馳走しました。それが彼女と会った最後となりました。

それから、6年が過ぎ、彼女は今まだ日本にいて日本の企業に勤めています。日本に留学したてのころは、悩みごとなどを書いた長いメールが来たりして、私も長い返事を送ったりしていましたが、やがてそれも間遠になり、今はたまにフェイスブックで簡単なやり取りをするだけになってしまいました。

フェイスブックに投稿された写真などを見ると仲間たちと実に楽しそうに過ごしている様子がよく分かりますが、その表情はかつて見たことがないほどに陽気に輝いています。中国での彼女のことを思い出すとき実際の長さよりもさらに多くの時間が流れたような気がしてなりません。

もともと日本に留学・就職して経済の知識とキャリアを積むことが彼女の目指すものであり、それが大学で日本語を専攻した一番の理由だったのだと思えます。

あの最初の面接のときに日本語を専攻した理由を問われて、そのように答えればそれは私の予想した答えでもあったわけですが、何故彼女はあのようなことを理由にしたのだろうか、何がそうさせたのだろうかと今も彼女を思い出すたびに考えてしまうのです。

そして、その疑問に対する答えは日本に住んで見つけることができたのかを未だに聞き出せずにいます。

 

 

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