中国で働く人々

上海工場で現地社員が食べているお弁当の中身

投稿日:3月 26, 2017 更新日:

中国の上海工場で社員はどんなものを食べているのか興味を持たれる方もあるかと思いますので少し詳しくお話したいと思います。

工場には社員食堂があり一度に300人程度が食べられるようになっています。厨房はなく、外部に委託した弁当会社が容器に入ったご飯、スープ、おかずを持ち込み配膳コーナーに並べます。社員はお盆をもって並び、複数あるおかずのメニューから好きなものを選び指定するとその場で弁当会社の人が仕切りのある皿に盛ってくれます。

工場は3交代勤務になっていますので、朝昼夜と3回の食事時間があります。日本人社員は外に食べ行くことはなく社員食堂で食事することになっています。私が赴任した時には日本人は食堂の中に別途設けられた別室で食事をしました。

食堂に入るまでは一緒ですが中に入ると日本人だけはその特別室にはいるということになります。特別室にはすでに日本人の人数分のお弁当が用意されていますが内容は従業員と同じものです。

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日本人は別室で食事

最初は日本人だけが特別な部屋で食事をすることに違和感を覚えました。従業員の中に混じって一緒に食事をしながら、たとえ通じなくともいいから会話をする努力をすることが日本人スタッフと現地社員とのコミュニケ―ション上必要ではないかと考えていたからです。

私は最初は何度かは彼らに交じって食事をしましたが、やがて、日本人食堂だけで食事をするようになってしまいました。その理由にはふたつあり、一つは単純に弁当が食べられないというものでした。

スープは白湯と呼ばれる少しとろみのある淡白な味のものですが、正直言って美味しいとは感じられませんでした。そのうち美味しく感じられるようになかと思って無理して飲んでいましたが、慣れて美味しく感じるということはありませんでした。

ご飯もぱさぱさした感じで甘みがないというかうま味があまりしません。決定的なのはおかずでした。野菜はいためたものが多くジャガイモなどは皮をむかないでぶつ切りになっていますが特別な味付けをしていませんので何とか食べられますが、いけないのが肉類です。

八角や五香といったくせのある調味料としてたっぷり使われていますので、これらの味が苦手な私にはまったくといっていいほど手が出ません。しかも、皮や骨がそのまま付いているのが普通なので見た目も生々しくてよろしくありません。

日本人用の容器は重ねて持ってこられるように蓋つきの中に仕切りがあるベークライト素材のものですが、蓋を開けて見た瞬間にあわてて蓋を閉じてしまい手を付けないということが週に1回はありました。魚はほとんどが土臭くて日本人の味覚に合いません。たまにカエルの肉が入っていっているときもありますがこれはまあまあ食べられます。

つまり、現地従業員に交じって食べたとしてもほとんど食べないで残してしまうことになってしまうわけです。そうなると何故食べないのかと聞かれますし、正直には答えにくいので無理して食べるこということになります。


 
会社の食堂で従業員と一緒に弁当を食べなくなった理由のもう一つは、正直に言って「食べた気がしない」というのがあります。

中国では食べた後の残骸に対する意識の違いがあります。日本人はできるだけ見せないようにする習慣がありますが、中国ではあまりありません。例えば鶏肉などの骨などは食べた後テーブルに放置したまま席を立つのが常ですし、床にそのまま捨てる人もいます。

それらをよけながら席を確保して食事をするのですが、食欲はかなり減退します。神経の細かい人には食事することさえ無理かもしれません。

食事を終えてお盆に乗せてもっていった食べ残しも、目のつく所にあるプラスチックの大きな容器に次々に放り込みます。日本では残飯の放棄は厨房の中で行われるのが通常ですが、上海工場の食堂では当たり前のように食べているすぐそばで捨てられていきます。

これは厨房がないので仕方がなくやっているということではないことは外食店でも同様なことがあることからわかります。一般レストランでも食事中に店員がワゴン車を押して料理を持って来たり、使用済みの食器を下げたりするところがあります。そのワゴンには横に残飯回収用の箱が付いていており、そこに食べ残しを入れたあとにワゴンの台に皿を重ねているのです。そのワゴンを押しながら食事中の席まで来るのでいささか閉口したことがあります。

現地の有業員と同じものを同じものを食べるということを当たり前のことと考えていたにもかかわらず、早々にほかの日本人と同じように日本人専用の食堂で食べることになってしまいました。理想は現実を前にしてもろくも崩れ去ってしまったわけです。

 

喜ばれるインスタントラーメンの手土産

日本人専用食堂には冷蔵庫と湯沸しポットが設置されていましたので、社員用弁当とは多少違ったものを持ち込んで食べていました。もちろん会社の弁当は平気だといって全部食べている人もいるにはいましたが。 

日本からの出張者が来ると手土産にお湯をかけるだけのインスタントラーメを持ってくるのが定番になっていました。

それを持って行けば必ず喜ばれると伝え聞いているからです。小さな小袋に入ったものを紙袋いっぱいに持ってきてくれるのですが、7,8人が味噌汁代わりに毎日食べるのであっという間になくなります。

その他、振りかけや韓国のりなどのご飯だけで食べられるものも重宝でした。駐在員も帰国して上海に戻って来るときに自分だけではなくみんなが食べられて長持ちするものをいろいろ考えて持ってくるのが常でした。

日本人用の食堂を社員食堂とは完全に切り離して別のところに設けることもできましたが、あえて従業員の食堂の一角に設け、同じ弁当を食べていることを見えるように窓のある戸にしていました。揃って外食に行くこともせず、日本人だけで特別な食事をしていると思われないように気を使っているわけです。

しかし、午前中に仕事をしていて何が楽しみかといえば昼食なのはどこの国でも同じでしょう。自分で高い金を出してでも自分の食べたいものを食べることは、仕事の活力にもなるもので組織的に強制して同じものを食べさせるのはどうかなという気持ちにもなってきていましました。

そのことと現地従業員から日本人スタッフがどう見られているかを考えるのとは次元が違う気がしました。

会社に日本からのお客さんが来たときに出す昼食は近くの日本料理店からの仕出し弁当を取りますが、1個50元程度で、日本で仕出し弁当と内容があまり変わらないおいしいものが来ます。従業員と同じものを食べる者もいれば日本料理屋の仕出しを取って食べる者もいていいのではないか、そういう考えになってきたところでした。

日本で行きたいところは横浜の中華街!?

これと逆の話もあります。品証部の斉(qi)さんは研修で日本に行けることを楽しみにして仕事で頑張り、念願の日本行きが実現した時は実に喜んでいました。ところが1週間の日本研修が終わって帰ってきた彼は元気がありません。聞くと日本の料理の味が薄くて食べた気がしないのでいつも欲求不満だったとのことです。彼は2度目の日本出張の機会が来た時にそのこと理由に辞退しました。

私は日本に帰国してから、上海工場の現地社員が研修できた時の休日の世話役を何度か買って出ましたが、ある年の研修で来日した社員に休日にどこに行きたいか尋ねた時に、日本の料理が口に合わないので横浜の中華街で中華料理を食べたいと答えられた時は正直がっかりしました。

私の会社はタイにも工場がありました。というよりも、最初にタイ工場があり、あとから上海工場もできたというのが正しい言い方です。タイの人件費が上がり、より人件費の安い中国に工場を作り生産をシフトさせていったことは、多くの日本企業がたどってきた道筋といえます。

タイの料理には香辛料としてパクチが大抵は入っていて、その味と匂いが苦手な日本人は多く、どの現地料理も食べられなくて短期間で激ヤセした駐在員が何人かいました。私も出張ベースでタイ工場に行ったことがありましたが社員食堂で食べた料理はどれもおいしく感じ、これならば毎日食べてもいいなと思ったくらいです。

食文化の差というものは歴然としてあるにもかかわらず、あたかも存在しないがごとく取り繕って無理をしてもどこかにしわ寄せは出てきます。それよりもその文化の差をお互いが認識し、尊重し合うことがお互いを理解することになるのだと思います。

食べることは生物の根源であり美味しいものを食べられることは生きる活力になるものですから無理をしないことが一番です。わたしは日本に一時帰国した際に弁当箱を購入して、上海に持ち帰り、自分で簡単な弁当を作って昼工場で食べることにしました。

→関連記事:弁当業者の選定で見えてきたこと

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