中国の風習

偽札をつかまらせる巧妙な手口とは(上海での話)

投稿日:1月 27, 2017 更新日:

前回で偽札札をつかまらせられたお話をしましたが、どこでどうやって偽札が財布の中で本物とすり替わったのか。私は考え込んでしました。

考え込んでいる私に社員の楊さんがニヤニヤして「○○(私の名前)さん、最近道端でスイカを買いませんでしたか」と聞いてきました。

「スイカ!?」確かに私は数日前の日曜日に散歩の帰りに道端で軽トラックを止めてスイカを売っているのに出会い1個買ったのでした。そう告げると、「それですよ」楊さんは勝ち誇ったように言うのでした。

その日曜日に近所を散歩しているとき、いつも会社に通う通り道にスイカを山のように積んだ軽トラックが止まっているのが目に留まりました。これまで市内でそのようなスイカ売りを見かけたことはなかったので、よその土地から市街地に売りに来たものと思えました。



その日は暑かったので、売っている日本と同じ丸い形のスイカがとてもおいしそうに見えました。売っていたのは中年の男女で夫婦のようでした。
立てかけてあるダンボール紙に20元と書いてあったので中国語の勉強にもなると思い買い求めることにしました。

「1個ください。甘いのがいい」と売り手の男性に言うと、彼はにこにこして日本の八百屋がやるようにいくつかのスイカをたたいて音を聞いたうえで「これがいい」と1個選び袋に入れました。私は財布を開け、10元硬貨を2枚取り出して彼に差し出しました。

彼は私の手元を見ながら50元硬貨があるならそれで払ってくれといいました。おつりが要らないように20元出しているのにおかしなことを言うと思いましたが、言いなりに50元硬貨を取り出して渡しました。

すると、彼は50元硬貨を受け取ってからちょっと考えて、「50元より百元札の方がいいな」と私の財布を覗き込むようにして言いました。

私はいぶかしくおもいながらも、一度出した50元硬貨を受け取って財布に戻し、代わりに百元札を取り出して彼に渡しました。

彼は百元札を受け取ってから背を向けて小型の金庫からおつりを数えているような様子を見せたあと、振り向いて「やはり50元硬貨にしてくれる?」と百元札を差し出しました。

もうどうでもよくなった私は百元札を収め、再び50元硬貨を渡しましたところ、やっとおつりの30元を受け取ることができました。

既にお分かりのように、彼は偽の百元札にすり替えて私に返したのでしたが、そんなことに気づかない私は中国語で買い物ができたこともあって嬉嬉としてスイカを受け取り帰路につきました。

そのスイカ屋はもしかしたら私と同じように偽札をつかまされ、誰か間の抜けた奴に押し付けてしまおうと考えていたところに、たどたどしい中国語を使う、まるで警戒心のない外国人らしい客が来たので一計を案じたのかもしれません。

しかし、私の話を聞いた楊さんが即座にスイカを買いませんでしたかと聞いたところをみると、各地を商売して回りながら騙されそうな客がいたら偽札を使用している常習犯なのでしょう。

中国ではこんな楽しい経験をすることができます。

→関連記事:偽札をつかまされたらどうするか(中国での話)

→関連記事:ニイハオトイレの恐怖【上海のトイレはどうなのか】

→関連記事:二人の「小鬼」・・・・日本人の秘めたる狂気

 

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